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奈良地方裁判所 昭和31年(行)2号 判決

原告 阪本清一郎 外二名

被告 国 外一名

主文

一、原告阪本清一郎、同新居清と被告等との間で、奈良県知事が別紙第二目録記載の土地につき買収の時期を昭和二三年一〇月二日としてなした未こん地買収処分の無効であることを確認する。

二、被告国は、原告新居清に対し別紙第二目録記載の土地につき、又原告椢原重信に対し別紙第一目録記載の土地につき、いずれも奈良地方法務局御所出張所昭和三〇年二月二四日受附第三一三号を以てなされた昭和二三年一〇月二日付自作農創設特別措置法第三〇条の規定による買収を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

三、被告阪本清勝は、原告新居清に対し別紙第二目録記載の土地につき、又原告椢原重信に対し別紙第一目録記載の土地につき、いずれも奈良地方法務局御所出張所昭和三〇年二月二四日受附第三一四号を以てなされた昭和二七年九月一日自作農創設特別措置法第四一条の規定による売渡を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

四、被告阪本清勝は、原告新居清に対し別紙第二目録記載の土地を、又原告椢原重信に対し別紙第一目録記載の土地を、いずれも右各地上の果樹野菜類等の耕作物を収去して、明渡せ。

五、原告阪本清一郎、同椢原重信のその余の請求を棄却する。

六、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告等の訴訟代理人は「主文第一なしい四項六項同旨及び奈良県知事が別紙第一目録記載の土地につき買収の時期を昭和二三年一〇月二日としてなした未こん地買収処分の無効であることを確認する」との判決並びに主文第四項について担保を条件とする仮執行の宣言を、被告等代理人は「原告等の各請求は、いずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を夫々求めた。

第二原告等の主張

「一、原告阪本清一郎は、昭和一六年一月二六日、前所有者辻元武夫から奈良県北葛城郡忍海村大字東辻八三番地(後に別紙第二、四目録の土地二筆に分割)同所八六番地(後に第一、三目録記載の土地二筆に分割割)の土地二筆を譲り受け、同月三〇日その旨の所有権取得登記を了した。

二、昭和二九年一一月四日、原告椢原重信は右八六番地の土地を、原告新居清は右八三番地の土地を、それぞれ、原告阪本清一郎から買受け、かつ、同日それぞれその旨の所有権取得登記を了した。

三、ところが、これより先、訴外忍海村農地委員会は、右八三番地と八六番地の土地の各一部を自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三〇条に該当する未墾地として、同法に基き、昭和二三年一〇月二日を買収の時期とする買収計画を定め、訴外奈良県知事は、同日右買収計画に基きこれを買収し、昭和二七年九月一日自創法第四一条に基き被告阪本清勝にこれを売渡した。

四、そして、昭和三〇年二月二四日に至つて、奈良県知事は右八六番地の土地を別紙第一、三目録記載の土地二筆に、右八三番地の土地を別紙第二、四目録記載の土地に、それぞれ代位による分割の登記手続をなし、かつ、右第一、二目録記載の土地を、右買収、売渡にかゝる土地として、それぞれ、請求の趣旨記載のとおりの買収並びに売渡の各登記を了した。

五、しかし、本件買収処分には次のような無効原因がある。

1、被買収者阪本清一郎は買収令書を受領していない。仮に、普通郵便により買収令書の発送がなされたとしても、買収令書の交付は買収に対する異議訴願の期間算定の起点となる重要な効果を付与されているから、書留郵便によらない買収令書の送達は無効である。又買収令書の交付にかわる公告があつたとしても、原告阪本清一郎は当時奈良県選挙管理委員会委員をはじめ多数の公職につき奈良県庁にも屡々出入し、従つて、直接本人に買収令書を交付できたのに、これをせずして公告したのは違法である。

2、本件未墾地買収計画につき自創法第三一条第四項所定の公告縦覧及び同条第五項同法第八条による奈良県知事の認可がなかつた。

3、忍海村農地委員会が、本件買収処分に於て、別紙第一、二目録記載該当の土地として買収の対象とした土地は、奈良県知事が奈良地方法務局御所出張所に対してなした本件土地の買収登記の嘱託書中の図面(甲第七号証の二)によると、別紙第二目録記載の土地は、本件八三番地、八六番地の北端の西寄に所在し、別紙第一目録記載の土地は同地域の東方の北端に所在しているが、これは誤りで、本件被買収地が右八三番地八六番地の土地でないことは、成立に争のない甲第五号証(地籍図)によつて明かである。即ち本件買収手続は、地域地番の符合しない土地について進められたもので、これによつて、地域地番を異にする本件土地の買収の効果の生ずるいわれはない。

4、原告阪本清一郎は、別紙第一ないし四目録記載の土地上に、同人が社長である訴外株式会社阪本化学工業所の膠製造工場建設の計画の下に、事務所住宅物置を建築し、工場の基礎工事、膠原料浄化装置等を建設したが、太平洋戦争激化のため、右建設工事の遂行を一時中断するの己むなきに至り、戦後はその再開を計画し奔走中で、従つて、別紙第一、二目録記載の土地は、買収をうけた当時は、右の状況のまゝの工場敷地で自創法第三〇条所定の未墾地に該当しない。少くとも買収土地内の住宅二棟納家一棟の敷地が右未墾地に該当しないのは明白である。

六、以上のような違法があるから、本件買収処分は当然無効であり、従つて、これに基く売渡処分もまたその効力がない。

七、仮に、本件買収並びに売渡処分が無効といえないとしても、右各処分に基く各所有権取得登記がなされる前に、原告椢原重信、同新居清が、善意で、前記の如くそれぞれ本件各土地の所有権を取得してその登記を了している以上、民法第一七七条の解釈上、被告等は右原告両名に対してその各所有権取得を対抗することとはできない。

仮に、右主張が理由がなく、農地の買収売渡による所有権の得喪については、民法第一七七条の適用がないとしても、凡そ、自創法第四四条に基く登記を含め国家事務は遅滞なく遂行されるべきで、その遅滞によつて国民の権利はじゆうりんされるべきではなく、従つて本件の如く、買収処分は昭和二三年一〇月二日付で、売渡処分は昭和二七年九月一日付で、それぞれなされ、右処分に基く各登記が昭和三〇年二月二四日になされるという著しい遅滞のため右処分の事実を知らなかつた原告阪本清一郎と同人より買受けた原告椢原重信、同新居清のなした登記も保護されねばならない訳で、従つて、原告等のなした登記が被告阪本清勝の所有権取得登記に優先し後者は抹消されねばならない。

更に又、不動産登記法第四九条第六号によると、登記義務者の表示が登記簿と符合しないときは、登記申請を却下すべきものであるところ、本件に於ては、登記簿上、原告椢原重信、同新居清の所有となつている本件土地について、その前主である原告阪本清一郎を登記義務者として買収の登記嘱託がなされて受理されているのであつて、右登記は違法無効で、従つて右買収登記を前提とする売渡登記も亦違法無効である。

八、そこで、原告等は、被告等との間で本件買収並びに売渡処分の無効であることの確認を、被告国に対し原告椢原重信は別紙第一目録記載の土地の、原告新居清は別紙第二目録記載の土地のそれぞれ請求の趣旨記載の買収を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続を、被告阪本清勝に対し原告椢原重信は別紙第一目録記載の土地の、原告新居清は別紙第二目録記載の土地のそれぞれ売渡を原因とする請求の趣旨記載の所有権取得登記の抹消登記手続を求める。

九、又被告阪本清勝は本件土地上にその所有の無花果、栗、杏、野菜類の果樹耕作物を栽培してこれを占有している。

そこで、被告阪本清勝に対し、原告椢原重信は別紙第一目録記載の土地につき原告新居清は別紙第二目録記載の土地につき、それぞれその地上の果樹耕作物を収去してその明渡を求める。」

と述べ、被告等の主張事実について、

「本件土地をその主張の頃被告阪本清勝に無償で貸した事は認める。しかし、それは戦時中一時的に疎開のため貸したのであつて、終戦によりその必要がなくなると同時に右使用貸借は目的が消滅して終了した。その他の主張事実中原告等主張事実に反する部分は否認する。

被告阪本清勝の一の1の主張は、仮に同被告が耕作している部分があるとしても、同被告に対する本件売渡処分が無効である以上、同被告は本件土地を不法占有しているものに外ならないから、本件土地は農地法第三条所定の農地に該当しないし、未墾地であるから、その所有権移転について奈良県知事の許可を必要としないので、失当である。

同一の2の主張は、本件土地は御所市大字東辻にあるばかりなく、原告椢原重信、同新居清がそれぞれ、自らこれを耕作占有するにあるから、失当である。

同一の3の主張も亦失当である。即ち、仮に本件土地につき被告阪本清勝が持分権を有したとしても、同人は原告阪本清一郎の単独所有として未墾地買収の申請をなし、かつ、売渡をうけたから、今更前言をひるがえして共有の事実を言うことは許されない。又被告阪本清勝は、本件土地の登記簿上の所有名義を原告阪本清一郎の単独所有とすることを容認していたから、これを信頼して同原告から、それぞれ、その所有権を譲受け、その旨の登記をうけた他の原告両名に対して、被告阪本清勝はその共有権を対抗できない。」

と述べた。

第三被告等の主張

被告国の代理人は、答弁として、

「原告等主張の一の事実、同二の事実の内その主張の如き各登記のなされている事実、同三、四の事実、同五の4の内その主張の地上に、その主張の建物三棟があることは認める。その余の主張事実は争う。

本件土地は、買収当時、自創法第三〇条第一項第一号該当の原野で、訴外忍海村農地委員会において開墾適格地と認め、買収計画を定めてこれを法定期間公告し縦覧に供した上、奈良県知事の認可を得て、原告阪本清一郎に買収令書を交付して適法に買収した。従つて、売渡処分も有効であり、又原告等の抹消登記手続の請求に応じるべきいわれもない。」

と述べ、

被告阪本清勝の訴訟代理人は、答弁として、

「原告等主張事実中一の登記のなされた事実、同三の買収処分及び売渡処分がなされた事実、同四の事実、被告阪本清勝が本件土地上に原告等主張のとおりの果樹耕作物を栽培してこれを占有中の事実は認める。その余の主張事実は争う。

仮に、本件買収並びに売渡処分が無効であるとしても、

一、1、本件土地は、被告阪本清勝の開墾により、少くとも、昭和二九年春頃には完全に畑地となつていたから、同年一一月四日になされた原告阪本清一郎と原告椢原重信、同新居清間の本件土地売買契約については農地法第三条に則つて奈良県知事の許可を要するのにこれを欠いている。

2、又原告椢原重信、同新居清等は本件土地の買受契約をした当時後述のとおり小作地である本件土地のある市町村区域外の御所町に住所を有していたから、農地法第六条第一項により本件土地所有を禁止されている。

3、被告阪本清勝は本件土地を訴外阪本清成及び原告阪本清一郎と共同して訴外辻元から買受け、或は原告阪本清一郎が単独で買受後被告阪本清勝及び訴外阪本清成との三名の共有としたから、右土地の処分は右三名がなすべきものであるところ、原告阪本清一郎は無断で他の原告両名に、その主張の如く、それぞれ売渡したのであるから右売買は無効である。従つて原告椢原重信、同新居清は本件土地所有権を取得していない。仮に右原告両名が本件各土地の所有権を取得したとしても、本件未墾地買収計画公告後右土地所有権の取得とその登記がなされたから、自創法第三三条第四項第一一条によつてこれを以て被告国従つて被告阪本清勝に対抗できない。

よつて、所有権に基く原告椢原重信、同新居清の各本訴請求は失当である。

二、仮に右主張が理由がないとしても、1被告阪本清勝は、昭和二〇年一月一五日頃訴外清成と共同して原告阪本清一郎から本件土地を借賃及び期限の定めなく借受けた。2仮に右使用貸借契約の主張が理由がないとしても、被告阪本清勝は、右の頃、使用貸借契約の成立を信じ、善意かつ過失なく自己のためにする意思の下に本件土地の開墾耕作を開始し以後平穏かつ公然とこれを断続したから、一〇年の経過によつて昭和三〇年一月一五日に使用貸借による使用権限を時効取得した。よつて本訴に於てこれを援用する。3仮に右主張が理由がないとしても、原告等は被告阪本清勝の本件土地開墾を知りながら何等異議を述べなかつたから、被告阪本清勝は、もはや、原告等から何等の権利も行使されないものと信頼すべき正当の事由を有し、原告等が今更被告阪本清勝の不法占拠を主張して本件土地の明渡を求めることは、いわゆる失効の原則ないしは信義誠実の原則に照して許されるべきではない。又被告阪本清勝の並々ならぬ努力と犠牲によつて開墾された本件土地についてその事実を黙視していた原告等が今日に至つて十数年の過去にさかのぼつて不法占拠を主張するのは権利の乱用である。

よつて原告椢原重信、同新居清の明渡請求に応じなければならぬいわれはない。」

と述べ、原告等の再抗弁事実について、被告阪本清勝が本件土地の買収を申請したことは認めるが、その他の事実は否認する旨述べた。

第四証拠関係省略

理由

一、本件土地につき自創法第三〇条の規定による原告阪本からの未墾地買収及び同法第四一条の規定による被告阪本への売渡処分がなされたこと、奈良県北葛城郡新庄町(現在御所市)大字東辻八三番地及び八六番地の土地につき、それぞれを同番地の一と二に分筆の登記手続がなされ、右八三番地及び八六番地の各二(別紙第二及び一目録記載の土地)が本件買収、売渡のなされた土地として主文掲記の各登記がなされたこと、原告等主張のとおりに被告阪本が本件土地を占有して右地上に果樹野菜類等を栽培していることは当事者間に争なく、そして右八三番地と八六番地の土地は、もと原告阪本が訴外辻元武夫から単独で譲受けたものであつたことは、原告等と被告国との間では争がなく、被告阪本との間では成立に争のない甲第一、二号証と証人樋垣梅吉同川口実の各証言と原告阪本本人尋問の結果(第一、二回)によつて認められ、そして又原告阪本から原告椢原、同新居に対してその主張のとおり各所有権取得登記がなされている事実は原告等と被告国との間では争なく、被告阪本との間では成立に争のない甲第一、二号証によつて明かで、右事実と証人樋垣梅吉の証言、原告等各本人尋問の結果によると昭和二九年一一月四日原告阪本は原告椢原に対して別紙第一目録記載の土地を原告新居に対し別紙第二目録記載の土地をそれぞれ売渡したことが認められる。

二、そこで、本件各土地の未墾地買収並びに売渡処分の効力について判断する。

1、原本の存在と成立について争のない乙第一号証及び証人東保平(第一、二回)同小走平一の各証言によると、訴外忍海村(現在御所市)農地委員会は昭和二三年九月三日買収期日を同年一〇月二日とする本件土地の未墾地買収計画を樹立し翌四日から法定期間公告かつ縦覧に供し奈良県知事の認可を得た上、その頃買収令書を受領書と共に普通郵便で原告阪本に郵送し、右令書は同原告に到達したことが認められる。右認定に反する証拠はいずれも採用し難い。

2、ところで、原告等は普通郵便による買収令書の交付は無効である旨主張するが、買収令書の交付につき特定の方式を要求していないから普通郵便による買収令書の郵送が仮に妥当をかくものであるとしても、これによつて買収処分の違法をもたらすものではない。従つて原告等の右主張は理由がない。

3、原告等は本件買収処分につきその対象が不特定の違法がある旨主張するけれども、証人東保平(第一、二回)の証言と原告阪本(第一、二回)及び被告阪本(第一、二回)の各供述並びに検証(第一回)の結果によると本件土地の境界を実地に確定した上で買収処分がなされ原告阪本に於ても右被買収地の範囲を知つていた事実が認められるから、たとえその地番の表示に若干の不一致があつたとしてもこれによつて本件買収処分が当然無効とはいえない。(甲第六号証の一ないし三、第七号証の一と二によると右の実地に確定された範囲が右土地台帳及びその附属地図に客観的に表示されていることが認められる。)従つて原告等の右主張も理由がない。

4、次に本件土地が買収当時自創法第三〇条第一項第一号規定の未墾地に該当しなかつたのは右法条に基き之を買収した違法がある旨の原告等の主張について考察するに、証人東保平(第一、二回)、小走平一、樋垣梅吉、川口実の各証言及び原告阪本及び被告阪本本人の各供述(各第一、二回)と検証(第一、二回)の結果によると、本件土地を含む一画の土地はもと櫟林であつたが、膠製造工場建設の計画の下に購入され、昭和一七年から二階建家屋二棟が、本件に於て被告等が八三番地の二の土地であると主張する地上に、又右土地の南方に中二階建家屋一棟がそれぞれ建築され、その敷地の外約一、〇〇〇坪が整地され、同じく本件に於て被告等が八六番地の二の土地であると主張する地上北寄りに東西に並んで二個の水槽コンクリート基礎工事(但し西側の一部は前同様被告等主張の八三番地の一地上に、東側の一部は前同様被告等主張の八六番地の一地上にかゝつている。)が建設され、又右西側基礎工事の東端に作業場一棟、右東側基礎工事の中央に物置一棟が建築されたこと(相互の位置関係につき別紙図面参照。)併し太平洋戦争激化と共に右計画は中断され、右建物及びコンクリート基礎工事の敷地、整地部分を除いては櫟林のまゝ放置され、原告阪本に於て戦後これを再開する意図はあつたが具体的に何等実現するに至らず、被告阪本が昭和一九年から八三番地の二地上の家屋に居住して八三番地の一、八六番地八五番地を通じてその二割程を開墾耕作する外は本件買収処分当時まで前記の状況のまゝ殆んど放置されておつた事実が認められ、右認定に反する証拠はいずれも採用できない。

5、右認定によれば八三番地の二地上には買収当時被告阪本居住の二階建家屋一棟の外中二階建家屋一棟が存在し、右土地の相当部分が宅地であること明白であるからこれを未墾地として買収した本件八三番地の二の土地(第二目録記載の土地)の買収処分は当然無効で、これを前提とする被告国から被告阪本に対する売渡処分も亦当然無効というべく、又被告国の所有権取得登記及び被告阪本の所有権取得登記も亦無効と言わねばならない。

併しながら、本件八六番地の二の土地(第一目録記載の土地)につき、これを未墾地であると認めたことは、前記認定の事実関係のもとでは必ずしも不当であるとは解し難いから、これを未墾地として買収した本件買収処分は無効とは言えない。

三、1、そうすると、本件八三番地の二の土地(第二目録記載の土地)については、被告国及び被告阪本はその所有権を取得するいわれがない。而して原告新居がこれを原告阪本から買受けてその旨の所有権取得登記をうけていること、右土地につき被告国及び被告阪本が主文第二項及び第三項掲記の如き各所有権取得登記を得ていること、被告阪本が右地上の一部に無花果、栗、杏、野菜等を栽培して右土地を占有していること前記の通りであるから、被告国は主文第二項掲記の所有権取得登記の抹消登記手続を、又被告阪本は主文第三項掲記の所有権取得登記の抹消登記手続をなしかつ右地上の耕作物を収去して右土地を明渡す義務がある。

2、被告阪本は右の如く買収並びに売渡処分が無効であるとしても、(イ)同被告は右土地の共有者であり、従つて原告阪本が無断で原告新居に右土地を売渡したことによつて同新居が本件土地の所有権を取得するいわれがないと主張するが、被告阪本が本件土地の共有者でないことは前記一に認定のとおりであるから右主張は理由がない。(ロ)又右土地は農地であるのに原告阪本の原告新居に対する右土地所有権の移転について農地法第三条の県知事の許可を欠き、又右土地は被告阪本の耕作する小作地で右土地と区域を異にする土地に住所を有する原告新居は同法第六条第一項によつてその所有を禁止されていると主張するけれども、前記の如く右土地は相当部分が宅地であるから、被告阪本の右主張は採用できない。(ハ)次に被告阪本は右土地を原告阪本から無償で借受け、仮にそうでないとしても右土地につき使用貸借上の権利を時効により取得したものであり仮に右各主張が理由がないとしても失効の原則ないしは権利乱用の法理から被告阪本に対する土地明渡請求は許されない旨主張するが原告阪本に対する使用貸借上の権利はこれを右原告から右土地を買受けた原告新居に対抗できない訳であるし、又仮に被告阪本が使用貸借と同一の権利を時効によつて取得したとしても、同被告は、同被告に対して昭和三一年六月二三日に送達された本訴状によつて右土地の明渡を求められているから右権利は既に消滅したものというべく、又被告阪本の占有継続はむしろ行政処分の有効を信じてなされたとみるのが相当で、もはや原告等の権利行使がないと被告阪本において信頼するのが相当である信義則上の事情が認められないから、原告新居の右土地所有権に基く物上請求権能が失効したと判断するのは不相当で、又被告阪本が右土地に費した労力資材は少くないものがあることは窺知するに難くないが、その救済は別途によることもでき、その主張のような事実を以て直ちに権利濫用と言うことができず、被告阪本の右主張は採用できない。

3、次に、本件八六番地の二の土地(第一目録記載の土地)の買収、売渡処分が有効と解すべきこと及び主文掲記の如くその各登記がなされていることは前記の通りであるところ、右土地については、右買収売渡処分後に原告椢原が原告阪本からこれを買受け、しかも右買収売渡処分による所有権移転の各登記のなされる以前に右買受登記のなされていることは前記の通りである。而して原告椢原の供述によると、同原告は右土地につき買収売渡処分のなされたことを知らずにこれを買受けたことは明かであつて、被告国及び被告阪本は、民法第一七七条の規定により、先に右買受登記をうけた同原告に対し本件買収、売渡処分による右土地の所有権取得を対抗し得ないものと言うべきで、(自創法による農地買収については民法第一七七条の適用がないとする判例法は、買収に際しては登記の如何にかゝわらず真の所有者から買収すべきことが買収処分の適法要件であることを明かにしたに止まり、右判例法は本件の如き場合には適用ないものと解すべく、又自創法による買収によつて国が当該農地を原始取得するものと解されているが、第三者保護のために承継取得の場合と同様登記を以てその対抗要件とすべきものと解する。)従つて、同原告に対し、被告国は主文第二項掲記の所有権取得登記の抹消登記手続を、又被告阪本は主文第三項掲記の所有権取得登記の抹消登記手続をなし、かつ、右地上の耕作物を収去して右土地を明渡す義務がある。

4、被告阪本は、三の2の(イ)記載と同様の事由で原告椢原が八六番地の二の土地の所有権を取得するいわれがないと主張するが、被告阪本が右土地の共有者でないことは一に認定の通りであるから右主張は理由がないい。又同(ロ)記載と同様の事由で原告椢原は右土地の所有権を取得しないと主張し、而して被告阪本の第一、二回供述によると原告椢原が右土地を買受けた当時右土地は農地であつたという右主張に符合するものがあるが、証人東保平(第一回)、小走平一の各証言及び原告阪本(第一、二回)同椢原、同新居の各供述を綜合すると、原告椢原の右買受当時右土地の一部が農地化されていたことは推認されるが、大半が農地化されていたとは認め難く、右認定に反する被告阪本の右供述は採用し難い。このような一部が開墾され大半が未墾地のまゝにある土地については、全体としてこれを農地として取扱うのは相当でないと解するから、農地であることを前提とする被告阪本の右主張は理由がない。又被告阪本は、仮に原告椢原が右土地の所有権を取得したとしても右所有権の取得とその取得登記とは本件未墾地買収計画公告後になされたから、これを以て被告国従つて被告阪本に対抗できないと主張するが、自創法第三四条第一一条の規定は同法に基く買収処分によつて国が当該物件の所有権を取得する時点までに当該物件の所有者に変動があつた場合の手続の繁雑さを回避する趣旨のものと解すべきで、買収処分が完了して国が一旦当該物件の所有権を取得した後その取得登記完了前に第三者が更に被買収者から右物件を買受けた場合について民法第一七七条の規定の適用を排除する趣旨のものと解し難いから、被告阪本の右主張は採用できない。次に被告阪本は三の2の(ハ)記載と同様の事由で原告椢原の右土地明渡請求は許されないと主張するが、同所に於て述べたと同様の理由によつて右主張は理由がない。

四、よつて、原告等の本訴請求中、別紙第二目録記載の土地につきなされた本件買収、売渡処分の無効であることの確認、右土地及び別紙第一目録記載の土地につきなされた主文第二、三項掲記の各抹消登記手続、主文第四項掲記の土地明渡を求める部分は正当としてこれを認容すべく、その余は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用し、尚土地明渡の部分についての仮執行の宣言の申立は相当でないと解するから右申立はこれを却下することとして、主文の通り判決する。

(裁判官 井上三郎 今富滋 野田殷稔)

(目録省略)

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